感謝のバトン

子供たちに笑顔を取り戻して欲しくて始めた上映会ですが、なかなか思ったようにはいかないなぁと思っていました。

人数は集まるようになったのですが、途中で出て行ってしまったり、終わったらすぐ帰ってしまうので、感想も聞けず喜んでくれているか心配してました。

このまま、一人の声も聞けないで終わってしまうのかなぁ。

そして、仕事の都合で一旦東京に帰る当日になりました。
いつものように教室に入り、NPOワタノハスマイルの方(今度ゆっくりご紹介します)とお話していると、一人の男の子が近づいて来てくれて、

「サインください」

とノートを差し出してきました。
震災で、多くのものを流され、大切なものなんじゃ。
そう思って、

「おじさんは有名人じゃないよ」

と伝えました。
多分、渡辺謙さんたちが来た後だから、有名人と勘違いしてるのかな?
と思ったのです。

でも、何度聞いても私のサインでいいと言うのです。
私はサインなんてもちろんしたことありませんが、まっさらなノートの一ページ目に、それらしく自分の名前をサインしました。

「これでいいの?」

と聞くと、

「うん!」

と笑顔で答えてくれました。
そして、自分で折ったと思われる折り紙を、

「これあげる」

と手渡してくれました。
そしてそこには、あどけない文字で、でもしっかりと

「ありがとう」

と書いてありました。

実はその子は前日の上映時に、最後まで真剣に見ていた子の一人でした。
嬉しかったです。本当に嬉しかったです。
私は普通の平凡な人間ですが、その子の中ではヒーローになれたのかなぁと本当に嬉しかった。真実はわかりませんが。その子だけが真実を知っていますね(笑)
やっと何かを伝えられたかもと思える瞬間でした。

そして、ここでの最後の上映が終わりが近づき、終了後みんなの前で一言さようならの挨拶をしたいと思っていました。
でも、いつものように終わったらすぐに子供たちは出て行ってしまい、それもしかたないと私の力不足の結果だなぁと受け止め、片付けを初めていました。

そんなとき、私は気づいていなかったのですが、どことなく子供たちが戻って来ていたようで、ワタノハスマイルの方が、

「みなさん、みなさんのためにわざわざ東京より上映に来てくれました」

と紹介してくれる声が聞こえ、子供たちが戻って来ているのに気がつきました。
続けて、

「ひとことお願いします」

とふっていただき、私はひと呼吸おいて、

「はじめまして・・・・」

と自己紹介しました。続けて、

「おじさんは、会社から休みをもらい、というかさぼって皆さんに少しでも笑顔を取り戻してもらいたくて来ました。でもこの活動が出来ているのは、不在中も会社で私の分も頑張って補ってくれているスタッフがいて成り立っています。支えてくれているスタッフみんなの思いです。」

と。そして思い切って、

「その支えてくれているイクシアの皆にも、みなさんの声を届けたいんですが・・・。」

と断られるのを覚悟で言ってみると。たくさんの子供から、

「なんだ、そんなことですか。もちろんです!」

と言って。

皆さんにも届きましたか?
全員見てくれるといいなぁと思います。
私たちの日頃の毎日が、支援につながった瞬間でした。

本当にイクシアの皆さんありがとう。
そして、この活動を支えてくれているみなさんに感謝します。
これも、イクシアを支えてくれているお客様あってです。
心からお礼申し上げます。

最後に、ことばをくれた子供たちに、
生きていてくれてありがとう。

white man

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息継ぎ

ボランティアってなんなんだろう?
この活動を始めた頃は、とにかく必要であれば何でも!と思っていましたか、いつのころからか考えだしていました。

で、最近思っていることがあります。

ボランティアって息継ぎを教えることににてるんじゃないかって。
私は、小さい頃から水泳をやっていたので、若い頃インストラクターとして働いていた経験があります。

あの頃に、小さい子から年配の方まで教えていた、長く泳ぐための方法であり、楽しく楽に泳ぐための方法でもある正しい息継ぎのカリキュラムに似ている気がします。

みんな、ここまで必死に無我夢中で息継ぎも知らないで泳いで来た人たちに、息継ぎしないと長く泳げないよ、まず、泳ぎながらゆっくりいっぱい息をはいて、はいた分は顔を上げたら自然に息がすえてるから。
いっぱいはかなきゃ、いっぱい入ってこないし、また顔をつけて泳いでも苦しくて泳げなくなっちゃう。
そして、いつか泳ぐのが怖くなってします。顔をつけるのが怖くて臆病になってしまうんだ。
でも、大丈夫。こうしたら苦しくないでしょ?って。

生死をさまよって、やっと生還したけど辛い現実があって、避難生活は辛くて、余震のたびに悪夢がよみがえる。
そんな生活を手探りで、自己流でなんとか毎日を送って泳いでいる。
そこに、息継ぎするために吐き出すことをお手伝いすること。
泣いていいんだよ。文句を言っていいんだよ。怒って感情出していいんだよ。苦しかったこと全て吐き出してって。
そして、全て吐き出したら、今度は素敵なものや、笑顔や、感動や喜びでいっぱいにしてあげる。いっぱい吸い込んでもらう。いっぱい吐き出せば吸い込むのは簡単なんだよってね。
そして、帰るところも無い、仕事も失った、家族も友達も失った、思い出も全て流された現実にまた戻って泳いで行く。これは、短距離ではなく長い遠泳になるでしょう。
でも、今度は苦しくなる前にゆっくり息を吐き続け、息が切れたら顔を上げいっぱい吸い込めば大丈夫。

そうして、一人で泳げるようになって行くのを見届ける。近すぎず、でも何かあれば手の届く範囲で。

結局、ずっと一緒にはいてあげられない。ずっと手伝ってはあげられない。いつかは一人で泳がなければならないですから。

そして息継ぎの補助はやりすぎないこと、矯正しないこと。人それぞれの呼吸の形があり、それを活かすことが一番楽なその人にあった呼吸のしかただから。

私のボランティアもそうでなければならないようです。

white man

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壊れた感覚

海の上には軍用艦、空には輸送機、道には装甲車、目に入る景色は瓦礫の山、そして至る所で見る迷彩服の人たち。
皆さんはこれを聞いて何を想像しますか?

今のは被災地の様子を活字にしてみたものです。
でも、これって戦争の地とそう変わらないですよね?
現に、戦争を経験したことの無い私自身が、いつもそう錯覚してしまいそうになります。

なにか起こりそうで落ち着かない。物々しさを感じてしまうのです。
頭ではわかっているのに。

これが、被災地の人たちにもいえるのではないでしょうか?

そして、あることにも気づいたのです。
戦後、60年以上が経過しても同じことが沖縄で起きているのではないかと。
沖縄はこの被災地よりもっと、もっと、もっと焼け野原の瓦礫でしたでしょう。
犠牲者も比ではありません。

そんなことを体験した人たちが、生き残った人たちが今も暮らしているのです。
島のいたるところにある米軍基地、そして軍人さん、軍艦に、戦闘機、戦車、装甲車、演習の銃声。
これって同じ国の人間として見過ごしていいことではないんですね。
やっと気づきました。

沖縄の人たちが怒るのも無理ありませんね。どんな理由があろうとも。

政治家の人たちに届くといいですね。というか、被災地で一ヶ月でも生活してみてくれれば、十分わかってもらえるんじゃないですかね。
ちょうど、指揮もしやすいですし、現地の人たちの信頼も得られるでしょうし。
お偉いさんは一人で来るのが嫌な人たちばかりでしょうから、いっぱい取り巻きが来て経済効果にも繋がるでしょうし。
今や国内の自衛隊の方々が3分の2もいますから防衛も力ありますし、ついでに多すぎる警視庁の会議室で事件を解決する方々も連れて行ってはどうでしょう。

現地は、信号機が消えたままで、前が見えなくなるほどの砂埃の中、一生懸命手信号しているおまわりさんやボランティアが頑張っていますが、全然足りませんので、キャリアの方々なら頭がいいので簡単に出来るでしょうから。

それか、義援金の一部を使って、被災した人々を沖縄に招待し、大変な思いをしたんですから、少しきれいな海を見て暖かいところでのんびりしてもらい、被害の加害者は違えど、同じ思いをしたことのある、おばぁやおじぃの話を聞いて、復興に向かうための深呼吸をしに行くなんてどうでしょう?
そうすれば、沖縄の経済も活性化しますし、リーマン後空き家と化している開発途中のマンションや、リゾートホテルを避難所とすれば整備も出来、半官でも第三セクターでもURでもいいですから、整備したあと販売し、その売却費を今回の被災地に寄付すれば義援金で使用で経済効果も!

なんて冗談を言っている場合じゃないですね。(半ば本気なんですが)

そんな沖縄の復興は「奇跡の1マイル」から始まったと聞いたことがあります。
今の国際通りですね。人々が強制収容から解放されて力を合わせて経済活動をスタートした場所です。

それが、希望になりその後の復興を支えたと。

今、被災地の人たちに必要なのは自分たちで自立して行ける「奇跡の1マイル」なのかもしれません。

white man

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それぞれのマナー

被災地は、なんとか交通網を復活させるために、道路の瓦礫の撤去が最優先で行われています。
そのおかげで、かなりの地域が車で入れるようになりました。
しかし、まだ応急処置で、道は凸凹で、車が二台すれ違えるかどうかの幅を確保するのがやっとです。

上記の状況で、非常に見逃せないことを最近目にします。
きれいな観光バスで、ハザードつけて停まり、多くのスーツ姿の人たちが降りてきて、
カメラ片手に案内人の話を聞いていて、何やら写真を撮っています。
高そうなスーツにきれいな靴。偉そうに案内人に指示してる。

企業のお偉いさん。政治家さん。
やることが違うんじゃないですかね?
どこの誰とは言いません。
そういう大人を見ている現地の子供は、どうやって未来を信じていけるのか教えてほしいです。
まだ、自分たちでは何も動かせなく、何も決めることが出来ない中で、必死に自分たちの役割を果たそうとしている子供たちに見せていい姿ではないです。

みんな、お風呂もろくに入れず、手も洗えず、着替える服も多くない中、
せめて配慮が欲しいです。

もちろん、バスのせいで車は大渋滞。
それでもオカマイナイシに視察なのか観光なのかわからないことを行っている。
後ろに車が連なっていなければ、ご礼参(あいさつ)に車を降りて行くところでした。

また、ボランティアに入らせてもらっているところが、前回も言ったように有名人が
多数入っているところだからか、毎日のように訪問者が来ますね。
それも、支援の名を付けた人たち。

でも、何もすること無く、話だけ聞いて帰って行きます。
中には自分たちの団体の自慢話して帰る人も。
「え?何しに来たの?」
と思って言いそうになりますけど、僕は新参者。
迷惑かけないように黙ってます。
気が長くなったのか、大人になったのかわかりませんが、いつもの私なら大人げなく
レクリエーションしてたでしょうね。

報道のカメラもです。
突然来て、30秒くらいとって何も言わず出て行きます。
ズカズカと土足で入って。
ファインダーやレンズを通せば被写体は心の無いロボットに見えますか?

また、一番拳を握ったのは、もうプレイルームの時間が終わって、子供たちが
掃除をがんばっている中、ひょこっと現れた医療チームが、
「写真取りたいので、遊んでいるふりしてください」

・・・・・。

危なかったですねー
思わずしまっていたプロジェクターを投球するところでした。
子供たちに演技、すなわち嘘をつかせて平気なんですかね?

言いたいことは、
ここに生き残った人たちの体験や数々の爪痕、先に入って一生懸命支援している
団体の経験、全てタダでは聞いてはいけないし、そんなに簡単なものじゃないと
いうことです。
話を聞きたいのであれば、自分を知ってもらう時間が必要だし、大変な経験を
話してもらうんなら初めて会って聞けるようなものじゃない。
もっと自分たちが来る前から支えてきた人たちも、辛かっただろうし、努力もした
はずです。そして何より、被災者と生活を共にしたからボランティアが出来、心も
開いてもらっている。
そいうい時間軸と経験があってのものです。

バシャバシャと写真をとってる人たちはそこが誰かの家だったんだと思っているんですかね?
自分の家なら、撮られてうれしいですかね?
通常時のきれいなままならそれは良いでしょう。
でも、大破した家を撮られてうれしい人なんていないと思います。

私も写真やムービーは撮ります。
話も聞きます。
でも、まずボランティアで少しでも何かを出来た後です。
それも、撮る前に心の中で「失礼します」と言いショットは一枚だけです。
だから、写真はほとんど夕方の日が落ちる前か薄暗いのが
多いですよね?
突然「きみたち」なんて話しかけたりしないです。

今を伝えることは大切だと思います。
でも、その前に配慮しなきゃならないマナーがあるんじゃないでしょうか?
それは、人それぞれで良いと思いますが、上記の人たちはとても個々の配慮が
あっての行動とは思えません。

もし、本当に情報を得たいのなら現地の人たちの生活を共にして共感して
心を開いてもらってからにして欲しいと思うのです。

white man

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後遺症

最近、夢に被災地の光景が出てきます。
たまにではなく毎日。

やはり、気づかないふりしても少しずつ影響が出ているようです。

毎日、残酷な現実や地震の悪夢のような爪痕を見ていると、
自分のなかの何かが少しずつ壊れていっているのが分かります。

自分でもこうなのですから、被災した方々は・・・。

イクシアのスタッフの皆さん、
私は、日頃サイボーグのように思われているようですが、
私も人間ですよー(笑)特に福岡のY.Nさん!

自分は本当に幸せだったんだなぁと思います。
そしてそれに慣れすぎていたのだとも感じてまます。

でも、その分思い出したことや改めて気づいたことも多くあります。
自分のことを全く知らない人たちとコミニュケーションをかわすのはとても大変ですが、だからこそ心が通ったときや、一緒に笑えたとき、本当に喜ぶことが出来てる自分に気づきました。

そして、同じ目的に向かっている仲間はこんなにも団結し、強く、頼もしいものなんだとも再確認出来ました。

私にはとても大切なことを思いさせてくれました。
これは、私にとって貴重なことで、財産です。

生まれて今まで出会えた人全てに感謝します。
そして、この命をくれた両親に感謝します、ありがとう。

その感謝を、一人でも多くの人にバトンタッチしてつないでいければと思います。

white man

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突然の訪問

現在のボランティア場所の渡波小学校に、

渡辺謙さん
南果歩さん

夫妻がボランティアに来ました。
仕事の合間を使って、東京を深夜2時に出て、朝から石巻を回っているようです。

こんな時期ですから、写真はひかえましたのでありません。
それに、被災者のために来ていたので。

子供も、お母さんたちもとても喜んでいましたよ。
子供の中には、
「被災してつらいことばかりだったけど、渡辺謙さんに会えたのでいいこともある!」
なんて言っていました。

すばらしいことですね。

南果歩さんは本当にきれいで優しい空気が流れている方でした。
渡辺謙さんはやっぱりかっこいいですね。

ここには以前もベッキーが来て子供たちと遊んでいます。

今後も有名人の活動に期待したいですね。
まだまだ、避難所はたくさんありますので。

こう書いている間にも地震が。
ここはさすがに海のそばなので怖いです。

white man

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魔法の水

最近、被災地ということもあって食事が不規則で、こんなことを書くと家族に怒られるかもしれませんが、一日一食のこともざらにあります。
カロリーメイトだけの日もあります。

3種類の味を用意して買い込んできた、カロリーメイトや魚肉ソーセージも飽きてきました。。

好きなカップ麺はまだ飽きませんが(笑)

そんな不規則なときでも健康を保ってくれている魔法の水があります。

健康上のわけがあって、私は一日2リットル以上の水分をとらなければならないのですが、大量に持って来たこれのおかげで大丈夫。ミネラルもたっぷり入ってますから。
現地はまだ、水は配給ですから。これは前回からも紹介しているように、物資のマッチング不一致がまだあるのです。

この水が魔法の水なのは成分がいいからだけでいっているわけではありません。
一番の理由はこの水を送ってくれた人にあります。

実はこの水、以前イクシアにいたY.N君が、東京で震災の影響で水に困っていることを知って、自分のいる広島からわざわざ大量に送ってくれたのです。
東京では、原発の風評で水が手に入りにくい状態でしたからね。
誰にでも出来ることではありません。数が数なだけに費用もかなりかかったと思います。

だから、私にとってはその辺のミネラルウォーターとは違う、魔法の水なんです。
病は気からといいますから、この水を飲むたびに心に力が出てきてれば、健康間違いなしです。

本当に嬉しいですね。イクシアイズムが会社は変わっても、離れていても持ってくれているんだなぁーと胸が熱くなりました。

彼も、弊社にいるときは数字のエキスパートのY.T君にいろいろお世話になっていたからなんでしょうね。Y.T君もありがとう。そのY.T君も今は別の会社ですが(苦笑)

こういうOBにも支えられてこの活動は成り立っているんですね。

Y.N君は見てないと思いますが、おいしくいただいてますよ!
本当に本当にありがとう。

white man

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強く願えばかなう

私が、被災地への支援を決断していくつか実行したいものがありました。
しかし、ボランティアをするのですから、私の意見を押し付けるのではなくて、まず現地のニーズに合わせて、必要なこと、求められていることからやらないと信頼はもらえないと思い、泥かき、瓦礫の撤去、家財道具の運び出し、ゴミ出しとなんでも求められることをやってきました。

そのかいあってか、届けたいと思っていたものの一つが叶いました。
子供たちに上映会をすることが出来たのです。
正直、まだまだ時間がかかると思っていたので、こんなに早く出来て、驚いてますが、とても嬉しいです。

私ですから皆さんご存知の通り、上映はディズニーアニメです(苦笑)


東京から持っていったプロジェクターとスピーカでの上映です。
窓には、少しでも暗くするために、段ボールを貼ってます。

想像以上に年齢層が高かったので、子供たちの反応はまだ冷ややかでしたが。。
それはそうですよね。大変な経験をして、この一ヶ月大人でも堪え難い制限された生活をしてきたわけですから、突然やってきた私に心をすぐ開くわけはありません。
でも、喜んでくれている子供はいました。

上映場所として貸してもらえたのは理科室ですが、正直きれいな状態ではありません。砂埃もひどいです。
学校は被災当初は校庭も瓦礫の山だったそうです。

そこを米軍の支援でここまできれいにしてもらい、ここで様々なコミニュケーションを行う場所となって来ています。
入り口も壊れた一階の部分から出入りし、中には支援物資が無造作におかれている状態です。

そんな状態の中でも、子供たちは生活しています。
本当であれば、もう春休みも明けて、楽しい新学期で新しいクラスとか、新しい友達とか新生活を送っているはずなのに。
ここの子供たちだけが笑顔を失っていいわけありません。
何の罪も無い、被災した子供たちが笑顔を取り戻せない理由なんてないです。

まだ、試運転なのでこれから現地のニーズに対応出来るよう頑張りますよー。
こんなことではあきらめません!
子供たちが笑顔を取り戻してくれるまでは!

そして、その笑顔が大人たちの希望になり、復興のより一層の力になることを信じてます。

この活動を支えてくれているイクシアのみなさん、本当にありがとうございます。
ここまで来れたのも皆さんのおかげです。
そして、今回の活動を後ろから支えてくれている方々にも感謝いたします。
また、弊社のサービスを利用していただいているお客様があってのこの活動があります。厚く心より御礼申し上げます。
最後に、私の行動を理解し、支えてくれている家族に、ありがとう。

今後も活動の範囲を広げて、被災地に微力でも笑顔を届けます。

white man

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日本三景

こちらは石巻に行く途中の松島あたりです。
日本三景の一つで有数の観光地です。

被害の広さが伝わりますか?

 

 

white man

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震災より1ヶ月

震災より1ヶ月がたちました。
ですが、復興は全然すすみません。

やっと避難所生活をしながら、一日も早く前を向こうとするひとも出て来ています。
しかし、このところの余震でまた逆戻り。
被災地に与えるダメージは大きいです。

みなさん、この瓦礫をみてどう思いますか?
とても、人の力だけではどうにもならないように見えると思います。

しかし、現実は重機の数は圧倒的に少なく、人の手で行うしかないのが現状です。
しかも、毎日大人が10人掛かりでやっても、住宅一区画分くらいできるか出来ないかくらいです。

最近、やっと県外からの人でも多くなってはきましたが、圧倒的に人手が足りません。
とても範囲が広いのです。

復旧し、自分たちの生活を始めるためには、まず瓦礫を撤去しなければなりません。

今復興の障害となっているひとつがこの瓦礫なのです。

 

white man

 

 

 

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